長淵 剛
2006年10月17日(火) 天気 晴れ
葛西にてエコカラットの施工。2日目。
昨晩、「くりいむ なんとか」という番組で「長渕 剛王決定戦」をやっていましたので私にとっての長淵剛さんの思い出を書きます。
昨日予告した「炎上」は止めです。
今から27年前・1979年の夏。吉田拓郎が篠島でコンサートを行いました。夕方から始まり、明け方まで。
合間には「小室等」も出てきました。
その合間に「長淵剛」も出たのです。
暖かい拍手で迎えられた?
いえいえ、彼は「帰れ!」という言葉をあびせられ、その「帰れ」コールの中で歌を歌いました。
ちょうど手拍子を取る代わりに「帰れ」と。
私はステージのはるかかなたですので細かい事はわかりませんが、当然、彼は「何で帰らなきゃいけないだ」と怒ってました。
では「小室等」はどうだったのでしょう。
これはもう、暖かな拍手をもって迎えられました。
その人の持つ「歴史」の違いでしょう。
そう「歴史」なのです。
かつて、FM東京で流された吉田拓郎の武道館ライブのテープがあります。
その中には「かつて神田共立講堂で「帰れ」の合唱の中で歌った」と話す拓郎の言葉が収まっています。
長淵剛への「帰れ」コールは「次の吉田拓郎」の可能性を秘めている者への試練を与えたのではないでしょうか。
長淵剛がそのとき何を歌ったかまったく覚えておりません。
しかし「帰れ!」といわれた事はずっと頭の中に残っています。
こんな話はどこにも載っていないでしょう。多分。
と思って「長渕剛 帰れ」で検索すると、どうやらファンの間では「帰れ 帰れ 事件」として有名なようです。
→「長渕剛 伝説の篠島アイランド前座に詳しく出ていました。
時間 21時30分
須賀建築 34551(+70)沢山のアクセスありがとうございます。
エコクラブ 18877(+51)沢山のアクセスありがとうございます。
コメント
コメントを投稿