「純粋理性批判」カントー俺は「糞ジジイ」になる。
2005年5月5日(木) 天気 晴れ。
本日はお休みする。
午前中は元町へお出かけ。午後はゆっくりして夕方近所の接骨院でマッサージ。
JR西日本の事故車両に乗っていたJR西日本社員「○○の処分を検討」などと会見をしたがその社員はその場から連絡を取っている、
上司の係長との電話での会話をニュースで見たが上司から本人の体の具合を聞いたり他の乗客の様子を聞くことはなかった。
「なんか違うだろ?!」と思ってしまう。人は機械ではない。機械でも不具合が出たり故障したりするものだ。
人がきちんと時間と手間をかけてメンテナンスをしてはじめてきちんと動く、しかも同じ機械でもクセがあったりする。
機械のように人が扱われている。だからストレスになる。のでは?
立花隆ではないが人は脳を使うことが好きな動物です。脳を使う→考える。思考する。
同じ作業の繰り返しが得意なのは機械。脳を使わないからではなく元々脳がないから。
この日記でも何回も現政権の批判はしている。なぜ批判するか?「権力は腐敗するから」である。
さらに考えた。「批判・批評」をしなくなった人間は脳を使わないのではなかろうか。
言われるがまま行動する。そのことに疑問を持ったりすることもない。いや、疑問を持ったりしてはいけない状況。
どこかで読んだような状況・・・。第二次世界大戦中の日本だ。
もとに戻す。「脳を使わない」。思考停止だ。考える事に億劫になってしまったり面倒になってしまったり。
思考するにたる知識が無かったりもする。学生時代、アルバイト代は授業料と本代で消えた。毎月2万円くらいの本代。
それでも「カント」や「ヘーゲル」「フィヒテ」は読んでいない。読んでおけばよかった。今からでも遅くはない、しかし3行も読めば寝てしまう。
その代わりWEBがある。「哲学」で検索すると沢山出てくる、中には判りやすいページもある。
(思考停止状態)とにかく「俺は爺さんになったら糞ジジイと呼ばれるようになりたい。」
時間 21時00分
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